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OEFの一人語り


by nori
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激動の一年が終わろうとしています

 今年も終わろうとしています。あの震災からもう9か月が過ぎました。自宅から沿岸部へ通じる道路脇には津波で流された漁船がまだ撤去されずにあります。少しずつ震災の記憶が薄れていきそうですがこの光景を見るとあの日に引き戻されます。

 地震の直後、勤務先は停電となり車のTVを見ると日本地図が映し出され太平洋沿岸に赤線が引かれ点滅している。アナウンサーは声高に津波警報を叫んでいる。いつもの警報は到達しても数十センチ 心のどこかにまたか という気持ちだったがどうも今回は様子が違う。予想される津波の高さの単位がメートルだ。すーっと鳥肌がたった。

 注意して帰宅するように指示がありラジオを聞きながら車を走らせた。信号は停電で点いていない。交差点に入るときはクラクションを鳴らし減速して用心深く進んだ。幹線道路は既に渋滞が酷くなっている。裏道に入ると多少混雑しているが何とか流れている。いつもの倍の時間が掛かったが何とか自宅に到着。エレベーターは動いておらず階段を上っていく。部屋はものが散乱していて足の踏み場が無い。この時には既に携帯は繋がらなくなっていた。

 小2の娘は帰宅途中だったようで友達と抱き合い泣きながら座り込んでしまったらしい。丁度通り掛かった郵便配達の人に学校に連れて行ってもらい校庭で皆と待機。非常時の引き渡しの取り決めで親が迎えに行き児童を連れて帰ることになっており家内が急いで学校へ向かい娘を確保した。中学校でも同じような取り決めがあり翌日の卒業式の準備に追われていた生徒多数が一か所に集められ家族の到着を待っていた。小学校からの帰り道、家内は中学校で息子を探し一緒に戻ってきた。マンションの前では他の部屋のお母さん方が協議中 水も電気も止まっていて緊急避難先に指定されている中学校へ行こうとなる。我が家も急いで車に毛布や衣類を積んで中学校へ向かった。体育館が改築中で隣接する武道館に誘導された。

 武道館ではリストに家族全員の名前を書き人数分の毛布を支給された。既に大勢の人が集まってきており空いているところへ荷物を置き座った。これからどうなるのか 全く考えられずただ黙りこくってすっかり暗くなり非常灯の僅かな明かりを見つめていた。暫くして食事の配給が始まった。お湯を掛けるだけで食べられるアルファ米をパックに詰めたもの。塩味が付いている。ペットボトルの水と併せて子供、高齢者、女性、男性の順に配られた。所々に石油ストーブが置かれ暗闇にオレンジ色が浮かび上がる。起きていても仕方がないので皆横になった。情報は携帯ラジオのみ。同じ内容の報道を聞きながら早く朝が来ることを願った。

 さすがに眠りは浅い。他の人の息遣いで時々目が覚める。夜泣きする赤ん坊の声が静かな武道館に響き渡る。ラジオでは同じ内容が繰り返されている。NHK第二放送では数か国語で地震情報を流していた。5時頃起きて外に出ると先生方が朝食の準備をしていた。薄かったけれど朝刊が届いていた。紙面には各地の惨状が溢れていた。食事が済むと片づけのため自宅に戻った。台所は足の踏み場もない。食事は朝、晩の2回だけと告げられ何か食べるものを探した。コンビニをはじめスーパーは全て閉店していた。時折店内の食糧や生活用品を売り始めることがあり当てもなく何時間も並んだ。レジも使えずマジックで値段を書いて手計算で会計してもらった。それでも一人10点と制限され気ばかり焦ってしまう。

 武道館に戻ると横になりラジオを何となく聞いている。気力が衰えた。仮設トイレがだんだん酷いことになってきた。夜は明かりもなく懐中電灯をぶら下げて入った。3泊した次の日会社に行ったが誰も来ていない。ガソリンも無くなりそうだし給油も出来ない。メモを書いて玄関に貼っって戻った。車にはコンセントがついているので携帯を充電しながら走った。

 自宅に戻ると家内が荷造りをしている。近くに住む両親から来るように言われたらしい。中学校へ行き毛布や荷物を持って家内の実家へ向かった。小学校で避難所生活をしていたらしい。水道が復旧したので自宅に戻ったそうで石油ストーブがあり調理に使うらしい。それから5日程居候生活をしたが気疲れした。ただ厄介になってもいられずスーパー巡りをして開店情報を調べ数時間並んで食材を確保するという毎日だった。

 blogに直リン出来ないようになっていますが気仙沼在住の熊谷育美さんの 雲の遥か という曲です。胸に響きます

こちらから

どうか来年は良い年でありますように
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Commented by je1rzr at 2011-12-31 17:20
我が家も小2の娘がいます。他人事に思えません。

来年は本当によい年になりますように。
Commented by qrpdx at 2012-01-01 17:11
manabuさん コメントありがとうございます。2012年は何とかお空へ復帰しようと思っています。その足掛かりにまた駄文を連ねてみようかと思っております。以前頂いたQSLの写真の御嬢さんももう8才ですか 時の経つのは早いですね。単身赴任されていらっしゃるご様子ですが年末年始はご家族とご一緒でしょうか。

小学校の運動会や中学校の体育祭に行ってみたら体操着の色が違う子が数人いました。恐らく避難してこられた方だと思います。それでも明るく周りの子と話している様子を見て心和みました。

新しい年は皆が笑って過ごせる年になるよう願っております。
by qrpdx | 2011-12-30 06:36 | 雑談 | Comments(2)